布施、忍辱、持戒、禅定、精進、般若(智慧)の6つを言います。六度の修行ともいいます。菩薩の修行とされていました。
- 布施:価値を他に施すこと。「御布施」の語源ですね^^
- 忍辱:耐え忍ぶこと。
- 持戒:決まりを守ること。
- 禅定:心静かに集中すること。座禅の本質はこれですね。
- 精進:そのまんまですね。努力すること。
- 般若(智慧):そのまんまです。本質を考える智慧を身につけること。
ていうか、菩薩ってなに?
仏の一歩手前の段階のことです。その前に、十界の説明からしなければなりませんね^^
六道輪廻は聞いたことあるかもしれませんね?六道とは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の6個の境涯です。六道輪廻は、この6つの境涯を、人はぐるぐる輪廻転生しているという考え方です。ついでに、六道の解説も。
- 地獄:苦しみの境涯
- 餓鬼:むさぼりの境涯。欲しがりってこと。ガキの語源です。
- 畜生:おろかな境涯。「畜生め!」の語源です
- 修羅:いかり、争いの境涯。キン肉マンのアシュラマンの語源です。。。
- 人間:迷いの境涯(※平穏と説明する人もいる)
- 天:よろこびの境涯
ここまで読んでお分かりの通り、地獄とか天って、地面の底に地獄があって、空の上に天界があって、、、っていうことじゃないんです。ぜんぶ、心のお話。だから、「境涯(境界とかくことも)」と表現するのです。
で、人間は、この6個の世界をぐるぐる回っているから、そこから抜け出して、真の円満な世界に、つまり仏さまの成仏の世界にいくために生まれたのが仏教なのです。それで、天界より上の世界がまだ4つあるのです。それは、
- 声聞:先生(仏さま)から習って修行する境涯
- 縁覚:別名「独覚」。先生に頼らず、一人で学ぶ境涯
- 菩薩:仏になる修行の一環として、他人の為に生きる境涯
- 仏:円満な境涯
だから、菩薩は仏の一個手前の境涯なのです。他人の為に生きる境涯。
六道に4つを加えて、十界といいます。仏になるまでに、十界を一つ一つ段階を上ってく必要はありません。日本に伝わっている仏教の多くは、菩薩スタートです。
だから、日本に伝わっている仏教寺院の多くは、六波羅蜜の修行を説法することが多いのですね^^
ついでに、声聞と縁覚の修行法
で、声聞の具体的な修行法は四諦と言われています。ざっくりいうと
- 苦諦:人生が苦しみであることを理解しなさいということ
- 集諦:苦しみの原因は煩悩であることを理解しなさいということ
- 滅諦:煩悩を滅せばいいんじゃね?ということを理解しなさいということ
- 道諦:解脱、つまり悟りの世界に行けば、万事解決じゃね?を理解しなさいということ
縁覚の修行法は十二因縁という、私たちがこの世をどう認識してどう感じて生きているのかという本質を理解しなさいという修行法です。
- 無明:煩悩の根本は無知であるということ
- 行:作用するということ。力が働くということ。業ってありますね?それです。
- 識:識別という作用そのもの
- 名色:あらゆる事象の形とその名前
- 六処:六入とも。目、耳、鼻、舌、身(触覚)、意(心)の6つの感覚器官
- 触:感覚器官で感じることそのもの
- 受:感覚器官で感じて認識することそのもの
- 愛:認識してそれを好き嫌いの判断をすること
- 取:執着すること
- 有:存在
- 生:生まれること
- 老死:老いて死ぬこと
ね?超ムズイでしょ?
こんなの難しすぎる!菩薩運動
声聞と縁覚、この二つの境涯を二乗といい、いわゆる小乗仏教というやつです(今では、差別に当たるから、上座部仏教といいます)。ご覧の通り、超ムズイです。超ムズイから、これを会得した人を「阿羅漢」という聖者とされていました。で、一部のエリートたちにしかできませんでした。この集団を「上座部」といいます。
だけど、「こんなの、理論ばっかで頭でっかちじゃん?そもそも仏さまって他人を救うために出現したんだよね?だったら、他人の為に生きることを先決しなきゃいけなくね?」と運動が起きました。これが「菩薩運動」です。で、菩薩運動の人たちは、「自分らは他人を救う大きな乗り物だよね」と主張して、自分らを「大乗仏教」と名付けました。今、日本で主流な仏教は、大乗仏教です。でもまあ、菩薩だって、実は52個の位を一つ一つ上らなきゃいけないんですけどね。。。
一方で、インドとか東南アジアとかの黄土色っぽい衣服(糞掃衣)をまとった僧侶が信仰している仏教を上座部仏教といいます。
ちなみに、日本で主流な仏教の多くは、鎌倉新仏教の流れをくみますが、その教えの多くは六波羅蜜の一つ一つをしなくても、「全部含まれるもっとお手軽な修行があるよ!」って教えられています。でもまあ、六波羅蜜が基本には含まれているので、知ってて損はないですよ^^


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