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ぶっちゃけ「宗教」って, なんとなく関わりたくない感じだよね?
そのキモチ, とても分かります
だって私自身, 僧侶を40年やってて
「あの人宗教やってる」って言われるの, ちょっと嫌だもん…
オレ, 宗教やってねーし! 自分がどうあればいいか, 考えているだけだし!
って言いたいのがホンネのところ
今の日本は「宗教」という言葉に, ネガティブなイメージがついてしまっている
だから「関わらない方がいいもの」と感じるのも無理はないと思います
でも, ここで一つだけ素朴な疑問があります
そもそも「宗教」って, 何なんでしょうか?
「お寺に行くこと」
「お題目をあげること」
「儀式をすること」
たぶん, そんなイメージが浮かぶと思います
じゃあ逆に聞きたいのですが
それらが無ければ「宗教じゃない」のでしょうか?
例えば
誰かを大切に思うこと
何かを信じて行動すること
心の中で願いを持つこと
こういうものは「宗教」ではないのでしょうか?
少し視点を変えると
「宗教」という言葉は
あとから人がつけた“名前”に過ぎないのかもしれません
猫は自分のことを「オレはネコ科」だと思っていないよね?
スズメが自分のことを「私は鳥類」だと思っていないよね?
私たちも本来
「自分は〇〇教の人間だ」と意識して生きているわけではありません
「帰属意識」や「イデオロギー」みたいなものは, 後から付いてくるものだとは思いませんか?
それでも人は
物事を整理するために名前をつけたがる癖があります
「名前を付ける癖が良くない」と言っているわけではありません
ただ「宗教」という言葉も
そうやって生まれたものだとしたら――
私たちが「宗教」という言葉に感じている“違和感”は
宗教そのものではなく
単なる「宗教という言葉のイメージ」だけなのかもしれませんね
この話は, もう少しだけ続きます


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