今はわりと起業ブームです。私も「みんなどんどんチャレンジすればいい」と思ってます。しかし一方で、多くの会社は数年でつぶるのも事実。起業後の企業生存率は、一年後で7割、3~5年で4~5割、10年で7~8割の会社はつぶれるのだそうです。要するに、起業しても8割程度の会社がダメになるということです。
規模は小さいながらも、私の会社は7期目に入り、業績はずっと黒字続き。他にも複数の起業などを手伝った経験から、失敗しない起業のあり方を、ぜひあなたにお伝えしたいと思いいます。
今回はそもそもの「動機」についてです。あなたが起業しようしているなら、もしくは、事業継承をしている方も、ぜひ知っておいて下さい。
あなたは、こう思っていませんか?
- これなら売れるんじゃないか?
- 自分が得意な分野だから
- これまでの経験で、その業務が一人でできているから
- 自分のお客さんがたくさんいるから
もしあなたが、こういう理由で起業しようとしているのであれば、ぜひとも考えなおしてください。
特に、
- 自分の技術に自信がある方
- 職人さんなど、自分の技術や知見を売りたい方
- 数人のチームの責任者
こういう方は、一回冷静にこう考えてみてください。
「あなたが考えているモノやサービスは、社会が必要としていますか?」
「今売れているから、独立しても、売れるだろう」は、ほぼ失敗しますよ。
会社の目的とは、売り上げをあげることではない
覚えておいて欲しいのですが、それは「あらゆる社会的な存在は、社会に存在を許してもらっている」ということです。
例えば、あなたは、学校やサークルや会社に所属しているとします。ところが、その、学校の先生や、サークルの仲間や、会社が、あなたの所属を認めれなかったらどうなるでしょう?当然、それらのコミュニティーに所属できませんよね?当たり前のことですが、そういうことなのです。
同じように、会社も、お客さん、仕入先、取引先、行政、従業員などなど、社会の多くの人々に認められなければ、存在できません。
会社でペコペコ頭を下げることに抵抗がある人。社長の方が、圧倒的に、頭を下げる回数は多いです。なぜかって?それは、ぽっと出のあなたの会社が、まずは認められないと、取引してくれないからです。社会は、あなたとその会社を見ます。これまで、会社の従業員として成功してこられた方、世間は、あなた個人をみているのではなく、あなたが属している会社を信頼していることを知っておいてください。
思考が自分に向いていてはダメ
さきほど例に挙げた
・これなら売れるんじゃないか?
・自分が得意だから
・会社で業務ができているから
・自分についているお客さんがたくさんいるから
こういった考え方。なぜこれらがダメかというと、すべて思考があなたやあなたの能力、あなたの経験に向いているからです。要するに、思考が自分に向いている。考えるべきは、あなたの能力より先に、社会が必要としているかなのです。これを、「社会課題」とか「社会問題」といったりします。なので、「今、自分に能力があって、お客さんがたくさんいる」は一旦忘れてください。あなたは、会社を作ろうとしているのですから。経営と、従業員は、考える脳みそがまるで違います。
大きな会社がCMや理念などで、「社会問題を解決する」とか、きれいごと言ってますよね?それって、そういえば聞こえがいいのではなく、それが真実だからなのです。まぁ、その企業がどこまで考えているのかは置いといて。
大事なことは、思考が、「自分ができる」ではなく、他人に、社会に向くことです。起業したい人は、早くいろいろやりたくて、うずうずしていると思いますが、一回自分の胸に手を当てて、冷静に考えてください。
あなたが行おうとしているサービスは、社会課題をどのように解決しますか?社会に必要ですか?今、あなたが所属している会社では、なぜダメなのですか?
「今の会社が嫌いだから」とか「自分の能力を試したいから」という理由だけでは、今のお客さんすらついてきません。そもそも、あなたが起業することに、今のお客さんは、メリットがありますか?今、あなたが所属している会社の営業さんを、断ってまで、あなたに乗り換えるメリットがありますか?引っ込み思案のお客さんなら、逆に、お客さんを板挟みにするだけかも知れませんね。
仏教では、利他の精神を教える
他人の為に行動する心構えを「利他の精神」といいます。自分が幸せになるために、利他の精神を持ち合わせるステージの人を、仏教では「菩薩」といいます。何事も、自分が幸せになるためには、菩薩の心が必要なのです。
どうしてか?だって、人間は社会的な生き物だからです。ある社会が、自分のためだけに生きていたらどうなると思いますか?「面倒なことは他人任せ」「欲しいものは、他人から搾取する」「自分だけが儲ければ、他人のことは知らない」などなど、こういう社会は、あっという間に存続できなくなります。当たり前ですよね。
なんでもしてあげることが、利他ではない
たぶん、多くの人は、仏教を、利他精神を、勘違いしていると思います。世間で「情けは人のためならず」を誤解しているのと同じように。ここでは、詳しくは述べませんが、正しい意訳は、「情けは、人のためならず、自分のため」です。「どゆこと?」って、思いました?
例として、ボランティアを考えてみましょう。利他精神の代表的な社会活動は、ボランティアです。では、ボランティアの人は、奉仕だけやってるだけでしょうか?いいえ違います。まずは、その活動を、社会に認められなければなりません。活動資金の寄付をいただかなければなりません。実際にボランティアを行う相手に、ボランティアさせてもらわなければなりません。そうして、奉仕活動をすることで、その見返りに、精神的な満足感をもらっています。だから、続くのです。
もしあなたが起業したいなら、やはり、その活動を、社会に認めてもらわなければなりません。様々な人々の、アドバイスをもらわなければなりません。そして、見返りに、お金をもらわなければなりません。
こうしてみると、会社経営とボランティアとは、やっていることはたいして違わないのです。違いは、見返りにお金をもらうかもらわないかだけ。
お金は、欲望のカタチではない
お金は、汚いものではありません。単なる、価値の象徴です。あなたが起業するなら、あなたは社会に価値を与え、その対価に、価値の象徴であるお金をもらわなければなりません。
ですから、あなたが作ろうとしている会社は、大前提として、社会に価値を与える存在であると、社会に認めてもらわなければならないのです。
あなたがどうであろうと関係ない。思考が自分に向かっていてはどうしようもありません。あなたが考えるべきは、自分ではなく、まずは、あなた以外の他人。地域や社会のことをまず考えるのが先なのです。
お分かりいただけたでしょうか?
そして、お金は、決して汚いものではありません。善でも悪でもありません。お金がたくさんあっても、使わなければ意味がないのですから。お金儲けしようとして会社を作るのではない。会社が価値を提供するから、結果的に、その対価である価値の象徴をもらっているだけ。要するに、会社も物々交換も、仲間内の義理人情と、構造はぜんぜん変わらないのです。
会社を作ったら、今度はあなたは、サービスに対する値付けをしなければなりません。いくらでそれを売るかということ。その時に、最初から価格勝負するようなら、お金の本質がが全然わかってないということ。よく、考えてみましょう。


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