むりょうぎきょう_じっくどくぼんだいさん
長い文章には「構成」がある
小説や物語には、起承転結という構成がよく使われます。最初にストーリー設定があり、次第にお話の主要部分に突入し、事件などを解決し、そして結果が描かれます。ただ、小説や物語は、文章そのものが面白く書かれていますので、読み手は構成を意識せずにどんどん読めてしまいます。
それに対して、物事を説明する文章、説明文には、三段構成がよく使われます。その内容がこれまでになく画期的で、また説明が長ければ長いほど、読み手はわけが分からなく、迷ってしまいます。ですから、段落分けをし、そのいくつかの固まりを序論、本論、結論とに分けます。ちなみに、今、皆さまが読まれているこの部分は、序論です。皆さま読み手は、この構成が分かっていれば、仮に難解な文章でも、自分が今、説明文のどの部分を読んでいるのか、ある程度作者の意図をくみ取ることができます。
お経はハイブリッドな文章
それでは、仏様が説かれたお経はどうでしょう。お経文には小説や物語のような一面もあれば、説明文のような一面もあります。最初に場所や登場人物などのストーリー設定があり、話がどんどん展開していくので、面白い物語のように、どんどん読んでしまうかも知れません。とはいえ、仏様は「すべてのものの成仏」の為に法を説かれましたので、お経文は「幸せの境涯に至るための説明文」ととらえることもできます。「言い得て妙」という言葉がありますが、成仏への説明文でありながら、その文章そのものに引き込まれていくお経文は、「妙」、すなわち、言い得ぬほどすぐれた文章なのです。
お経の構成
お経は序分、正宗分、流通分の3つの構成で成り立っています。「序分」はストーリー設定。次に「正宗分」で大切な核心部分。最後の「流通分」は、その教えが説かれた結果、享受する功徳や、教えを聞いた者たちのさらなる信心の決意などが描かれます。実は、日蓮大聖人の立正安国論も同じ構成です。
法華経は、28の章に分かれているので、どの章が3つの構成に該当するのか判断しづらいかも知れませんが、無量義経は、3つの章に分かれているので、構成はすぐにわかりますね。今回の十功徳品第三は、無量義経の流通分にあたります。お釈迦さまが大切な教えを説き終わった直後の場面です。これから、その功徳や修行者の決意などが描かれます。
十功徳品第三のストーリー
仏様の説法を聞くために集まった大勢の人々。その中でもエリートのお弟子さんたちが言いました。
「仏様は、すべてのものを救うために、言い表せないほど複雑で深淵でこの上なく非常に素晴らしい教えをお説きになりました。なぜならば、この教えを一度でも聞けば、すべての教えにつながり、大きなご利益を受け、諸々の仏さまが守護して下さるからです。」
するとお釈迦さまはこう続けれました。
「我が弟子たちよ。その通りである。この教えはこの上なく深淵で真実を説いているのです。この教えの真実は、仏より出でて、すべてのものを幸せの境涯へと導き、仏道修行するものの心にあり続けるのです。一つの種から花が咲き、実をつけ、そしてたくさんの種ができ、その種からまたたくさんの種ができ、計り知れないほどの種を生じてくように、この教えには無限の教えが含まれているのです。だからこの経を、計り知れないほどの無量の意義があるから、無量義経というのです。これを信仰すれば、10の功徳を得るのです。」
そうして仏様は、どんな10の功徳を享受できるのか、一つ一つを明かされました。それを言い終わると、大地は震動し、天空からは百年に一度しか咲かないとされる美しい華々が降り注ぎ、天女は音楽を奏で、そして舞い、仏様の説法を聞きに集まった一同はみんな仏様を礼拝し、決意を新たにしたのでした。
要点
- これまでの教えでは成仏できなかったが、無量義経を一度でも聞けば、すべての教えにつながる。
- 全世界が祝福するかのように、めでたくも不思議な現象が目の前で起きた。
- 10の功徳を得て、みな決意を新たにした。
大地が振動し、天空から華々が降り注ぐといった、めでたくも不思議な現象。実は次の法華経でも同じことが起きます。すなわち、この無量義経の次に法華経が説かれたということは明白だと過去の先人たちは教えられているのです。
さらに、先述した「構成」を思い出してください。無量義経だけではなく、無量義経・法華経・観普賢菩薩行法経の法華三部経全体をお経の「構成」に当てはめると、無量義経は序分、すなわち法華三部経全体の中ではストーリー設定に当てはまります。すわなち、無量義経は法華三部経の序章に過ぎないのでした。真実の一端しか説かれませんでしたが、それでもしかし、集まったみんなは、これまでにない功徳を得、「この上なく素晴らしい」と表現しています。ですから、次の法華経では、さらに素晴らしい真実の教えが説かれるのです。
まとめ
お経は3部構成であり、今回は無量義経の最後の部分、すなわちこの経の功徳や集まった者たちの決意が説かれた。真実の一端が説かれたことで、皆は歓喜し、心を新たにしたが、実はこれから説かれる素晴らしい法華経の序章に過ぎないのでした。


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