意訳法華経

法華経

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はじめに

私は日蓮大聖人にちれんだいしょうにんの教えを信じ、妙法蓮華経みょうほうれんげきょうを信じています。妙法蓮華経(略して法華経)は、すべてのものの成仏が説かれるがゆえに、古来より最も尊いと信じられてきました。私たちのみならず、仏教を信じる人はみな、お経=お釈迦さまの教えを信じることが大前提なので、「成仏」をありがたいと感じます。

その一方、仏教を信じていない人に「成仏」を説明しても、すぐに”ピン”とこないでしょう。世間では「物より心が大事」と言われているにもかかわらず、「物の因果」が目に見えて証明できる科学は信じますが、目に見えない「心の因果」を説いている宗教を信じる人はまちまちです。しかし、大事な「心の因果」は、まさに宗教の出番なのです。

とはいえ「鰯の頭も信心から」では誰も耳を傾けませんから、ひとまず心の因果を科学のように論理的にじっくりとみてもらわなければなりません。この投稿は、法華経及び、その前後に説かれたとされる無量義経むりょうぎきょう観普賢菩薩かんふげんぼさつ行法経ぎょうほうきょう、合わせて「法華三部経ほっけさんぶきょう」と称されるお経、それに加えて涅槃経ねはんぎょうを、一つ一つみてゆきます。これを通じて「ね?矛盾がないでしょう?この信心をみんなと共有できれば、素晴らしい世界になると思いませんか?」と、一人でも、半分でも納得していただければ、大成功です。

なお、法華経解釈は研鑽を重ね徳を積んだ高僧のみに許されたもの。敢えて若僧が大風呂敷を広げてこれにチャレンジします。至らぬ点は単に”若気の至り”とご笑覧下さればと思います。

なぜ今、法華経か

「すべてのものの成仏」とは、殺人犯も詐欺師もニートも、はたまた、動植物や石ころを含む、すべてに成仏があるということです。法華経とはそんなすごい教えですから、大聖人さまよりもっと昔の時代から、最も尊くメジャーな教えとされてきました。ただし、その内容は難解です。これを大聖人さまは”普通の人”が理解できるように教えて下さいました。ではなぜ、古来よりメジャーな教えである法華経を、なぜ大聖人さまが改めて弘める必要があったのでしょうか?それは、時代が違うからです。

仏教にも黙示録?

ヘブライズム文化圏では、黙示録のようにこの世の終わりを教え、最後の審判に神の所へ行けなければ、もう救われません。仏教にも同じように、「末法」の到来という一つの大問題があります。よそから大魔王が来て世界を破壊するのではありませんが、なにせ仏教の開祖本人が「私(お釈迦様)のパワーがなくなると、とんでもなく悪い末の世になる。私の弟子たちをもってしても到底無理だ」と言っているのですから、それはもう大問題です!そのため、歴史上さまざまな研究がなされました。日本の主流な解釈は、平安時代後期が末の世の始まりとされます。そのころ「浄土という別の世界に逃げよう」という教えが登場し、それから程なく、鎌倉新仏教が登場します。

暗号解読がカギ

末の世に危機を感じた中に、例えば「エリートの法華経は難しいから普通の人にはとても無理」と、そう思う方もいました。それには理由があります。法華経は二通りの意味があったのです。一つは、お釈迦さまが育てたエリートのために。もう一つは、予測した末の世の人々を救うための暗号として。暗号を解読したのは、後にも先にも世界で3人しかいません。ですから、無理と思ったのは当然かも知れません。

大聖人さまと他の高僧と称される方との違いは、救世主の到来を予言する法華経に着目し、秘して沈められた暗号に気づいたかどうかなのです。その通りに振舞われた日蓮大聖人さまをご本仏と拝すのが私の信仰です。

さて、前置きが長くなりました。無量義経徳行品第一をみていきましょう。

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