なぜ宗教が必要なの?

このサイトの概要

なぜ、私は宗教が必要だと思うのか、簡単に説明します。

概要

お金やモノより”あなたの心”が大事だからです。科学は「モノの因果」を説明するのに優れていますが、「心の因果」を説明するのは文系の出番です。その中でも、みんなが幸せになる法をあくまで論理的に説明するのが、宗教なのです。

一方で、論理性を欠いてしまっては、宗教は妄信となってしまいます。十分に論理的にご自身の頭で考えた上で、最後は「これを信じるのだ」という”決め”も必要です。

大事なのは、あなたの心

満員電車に揺られ、または車で毎日出勤し、上司とお客さんにペコペコ頭を下げ、17時になったら上司に飲みに誘われ、ようやく帰宅したらもう、へとへとで、やりたいこともできにゃい。。。

親は祖父母は、「マジメに勉強したら、マジメに仕事したら、きっと出世して、お金が溜まって、買いたいものが買える」というかも知れません。

あなたは、こんな人生を送りたいですか?たとえ、お金をたくさん稼いでいたとしても、使う暇がなければ、仕方がないですよね?

そうなんです。大切なことは、あなたの今の気持ち。あなたの価値観。お金も大事だけど、学校の成績も大事だけど、仕事の成果も大事だけど、人間関係も大事だけど、でも、一番大事なのは

あなたの今の気持ち、あなたの価値観、あなたの可能性を発揮させること、あなたをみんなに分かってもらえること

なのです。

科学的アプローチの限界

科学を否定するわけではないので、ご安心ください^^ 科学はとても大事です。

ダイエットを例にとって話してみます。「16時間ダイエット」「きちんと朝食を摂らないと太る」など、いろいろあります。よく世間では、「エビデンスが大事」といいますが、どのダイエット法も科学的なエビデンスを示していて、医学博士などが監修してます。ところが、ダイエット法の中には一見矛盾したようなものもあります。これはどういうことでしょうか?

それは、想定している効果が違ったり、限定的だったりするからです。「16時間ダイエット」は、そもそもダイエットが主目的ではなくて、オートファジーが活性化され、若返りをした結果、ダイエットに効果があるというものです。「きちんと朝食を摂らないと太る」は、血中の栄養素が不足しがちな朝に必須な栄養を摂ることで、代謝を上げ、その結果痩せやすい身体をつくるということです。それぞれは、科学的エビデンスがあるのですが、目的や条件が違うと、違った結果になるのです。

科学そのものは、善でも悪でもありません。だって、単なる現象に過ぎないのですから。現在の科学は、おそらくほとんど正しいと思います。しかし、大事なことは、その結果を解釈する人間の判断なのです。

文系の力

皆さんは、「今の自分の気持ちを知りたい」「分かってほしい」、そんな時、心理学者のいうことに耳を傾けたことはありませんか?私もあります。昔と違って、今の心理学におけるメタ分析は、注目されていますからね。しかし、科学は善でも悪でもありません。どの結果をもって自分が信じるかを判断するのは私たち個人にゆだねられているのです。

そこで出てくるのが、思想や哲学、宗教などの文系の力です。文系の学問の多くは科学的に証明できない問題を扱います。科学的でないからと言って、論理的でないわけではありません。むしろ、学問として積み重ねられてきたものであるので、非常に論理的です。

科学は、結局、目に見える形で、誰もが分かるように説明します。例えば、「酸性」「アルカリ性」は目に見えませんが、リトマス試験紙を使うと、目に見える形になります。ですから、モノの因果、モノの原因と結果を調べるには、科学の出番です。

一方で、心の問題の多くは、目に見える形で、誰もが分かるように説明するのが難しいです。例えば、片思いにおける切ない微妙な感情は、科学的な表現は難しい。しかし、人々は小説や歌や絵や歌劇などで表現してきました。文系の力とはここにあるのです。文系の力とは、目には見えない心の因果、これを説明するのが文系の力なのです。

宗教の力

宗教とは、説明付けの一つである以上、心の状態や機微を説明することもあるし、創世記を語ることもあります。しかし、根っこの部分は「みんなが幸せになること」です。

ところが、宗教は歴史の中で、時の為政者に利用されたり、分裂を繰り返したりしてきました。時には、カルト集団となって社会に良くないことをする集団もあらわれました。論理性を欠き、特定の人に都合の良いように利用されると、よくないこともあります。しかしそれは、科学だって同じこと。結局は、個々人の判断が大事なのです。

多くの宗教は、非科学的であることもあります。例えば仏教では、亡くなったあの世のお母さんに食料を送るという神通力が語られます。あの世ってなに?神通力って何?ってなりますよね。しかし、それらもすべて比喩表現であり、「心の中の話」ということが分かっていれば、怖くありません。SF小説やファンタジーと同じ。現実ではありえない話だからと言って、それが私たちの心に悪影響を及ぼすとは限りませんよね。

宗教の目的、根っこの部分「みんなが幸せになること」であり、心の因果を説明するものだということが分かれば、次にすることは自分の頭で論理的に考えることです。そして、最後に、自分の意志で”決め”て、信じるのです。そうすることで、あなたの心は確固たるものとなり、根っこの部分が確固たるものになっているからこそ、多少のことではあなたの心は傷つかなくなります。みんなが幸せになるように行動することができるようになるのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました